木曜日の深夜1時にふと思い立ってこの記事を書いています。

いい加減社会人も5年目になるんですが、なんていうか、仕事に慣れていたとしても大体メンタル面で自分の首を自分で絞めてしまって、勝手に追い込まれる→結果仕事しんどくなる、みたいなことがまあまああるんですよね。

どんなことで首を絞めているのか

きっかけはいろいろあって、残業続きであまり寝れてない時とか、他人の愚痴をすごく聞いてあげた分、自分が疲弊しちゃったりとか、めちゃくちゃ優秀な人が入ってきて、ちょっと落ち込んじゃった時とか。他人に気を使いすぎて、気づいたら本心とは全然違うことを口走っている知らない自分がいたときとか。自分の仕事に対して相手が興味関心を持ってくれないときとか。

なんでこんなに頑張ってるのに報われた気がしないんだろう、感謝されないんだろうとか、本当に色々無駄な事考えちゃうんですよ。人間だから。

でもデザインというか、専門職にはそういう感情を抱くこと自体が不毛ですごく邪魔だなあと思ったりするんです。

とある作品から学んだ話

さて、突然ですが「響けユーフォニアム」ってアニメーション作品をご存じでしょうか?

この作品の良さについて語りだすと話が脱線するので、いずれ別の記事で書きますが、劇場版に、こんなワンシーンがあります。

コンクールで全国大会金賞をとるために、特別な存在になりたいために、ユーフォニアムがうまくなりたい主人公。でも、主人公はただ努力して頑張っても、能力があったとしても、結果が報われないこともある事を知っているし、部内の人間との仲が良くなかったり、下級生だからという理由で能力や努力が正当に評価されないこともある、という残酷な事実を知っています。(ここら辺は、集団社会の縮図と言っても過言ではないかもしれませんね・・・)その上で、部内で敵を作らず行動している、ずるくてあざとい一面があることを、後輩に指摘されるシーンです。

主人公はそんな自分を良くないと思っている、と後輩に対して答えます。そして、その理由として「 (ユーフォニアムを)上手くなるのに、邪魔だからかな・・・。 私ね、上手くなりたいんだ。ユーフォニアム。 」と答えるのです。

頑張っても認めてもらえない、それどころかコンクールメンバーの座を奪われた3年生からは恨まれ、自分が頑張っても誰も喜ばない世界の中で、孤立を恐れて本来の力をセーブし、「頑張ることに意味はない」と言う後輩。

その後輩に対して、他人を気にしていると、本当にうまくはなれない。そういう余計な感情は、上手くなるのに邪魔になるだけだと説くのです。

私はこれを見たときに、デザインや仕事にも言える「真理」だなと思い、言葉で表現するのが難しいくらいに世界が開ける感覚を覚え、鳥肌が立ったのを覚えています。

改めて自分を掘り下げてみる

私が落ち込んだり、悲しくなったりする理由って何だろう?と考えたときに、「人」起因が多いんですよね。人に期待されないのがつらい。モチベーションが下がるようなことを言われるのがつらい。自分に肯定感が持てないのがつらい。この辺は日本人で共感性が高くて自尊心が低い人の特徴でもあると思います。

私がデザイナーをしている理由はなんだろう?って思ったときに、人助けがしたかったり、社会貢献がしたい訳ではなくて、(問題解決をすることがデザイナーの仕事なので、そこはマストではあるんですがw)

純粋に「作るのが好きだから」なんですよね。

で、好きだから突き詰めたくて、上手くなりたいんですよね。

じゃあ、そこに、他人の評価や周りからどう思われているかって視点は必要なの?って考えたときに、「デザインで問題解決が出来たかどうかは他人しか判断できないから場面によって必要ではあるが、それだけで判断すべきではない。」と結論が出ました。

どうしたら健やかなメンタルを保てるのか?

落ち込んだりしている暇があるならとにかく作って、新しい表現を突き詰めたり研究して、会得できたときに感じる、達成感や喜びを感じている方が、心が健やかでいられる、という事に気付いたのです。

私は会社や他人の評価のために頑張って物をつくっている訳ではありません。世の中に良い何かを残すために頑張るし、好きだから、自分の納得のいく形を目指すために頑張ります。だから毎回評価されなくてもいいし、そもそも別の次元にいるのです。他人からの評価はあくまでも高いクリエイティブに対しての副産物程度に思っているととても気が楽になる気がしました。

辛くなったときは、この感情は上手くなるのに邪魔だ!もっと努力しよう!と思うようにして、自分の心と付き合うようにしています。

わ、もう2時半ですね・・・

深夜のまとまりのない文章でしたが今日はこの辺で。おやすみなさい!